高橋尚子の歴代記録が凄すぎる!?練習量やトレーニング方法を紹介!!

出典:https://sportiva.shueisha.co.jp/

こんにちは~!タケボーヤです。

ご訪問ありがとうございます♪

最近では高橋尚子さんの現役時代を知る人も少なくなってきていると思いますが、アラフォー世代にとっての高橋尚子さんは本当に印象に残るマラソン選手でした。

 

特にあのシドニーオリンピックでの金メダルを達成した瞬間というと、日本との時差(2時間)がほとんど無く、かなりの人達がライブでその勇姿を見ることになり、勿論私もですが、その盛り上がりたるや凄いものでした。

またフルマラソンを走り終わったばかりとは思えないような清々しいインタビューへの受け答えなど、本当に素晴らしかったです。

その後に国民栄誉賞まで受賞していましたからね、どれだけ日本中が勇気づけられたかがわかります。

 

シドニーオリンピックでの金メダル獲得が現在のマラソンブームのきっかけにさえなったとも思っています。

そんな高橋尚子さんが「サワコの朝」(MBS/TBS系全国ネット、12月16日午前7時半~8時)に出演されますね!

今回はそんな日本女子マラソン会のレジェンド(女子マラソンの元世界記録保持者)である高橋尚子さんの記録やトレーニングなどについて書いていこうと思います。

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高橋尚子さんのプロフィール

名前:高橋尚子(たかはしなおこ)
愛称:Qちゃん
出身地:岐阜県岐阜市
生年月日:1972年5月6日
身長:163cm
体重:46kg
血液型:O型
出身高:岐阜県立岐阜商業高等学校
最終学歴:大阪学院大学商学部
自己ベスト:2時間19分46秒(2001年)マラソン

 

なんといってもシドニーオリンピックでの金メダリストとして有名ですよね。

そのシドニーオリンピックでもオリンピック最高記録で金メダルですからね~!

そのシドニーオリンピックの後に世界記録まで樹立しています。

 

これらの功績によって女子スポーツ選手としては初めての国民栄誉賞を受賞しています。

出典:http://www.kantei.go.jp/

現在はスポーツキャスターやマラソンの解説者、各地で陸上教室の開催やジョガー(ジョギング・ランナー)としてマラソン大会に参加、web上でランニングスクールの講師として活躍されています。

 

高橋尚子さんの現在の肩書

中日新聞社客員
大阪学院大学特任教授
JICAオフィシャルサポーター
観光庁ランナーズインフォメーション研究所所長
日本陸上競技連盟理事

こんなに沢山の肩書を有しているのが驚きですね。

 

高橋尚子さんのマラソン記録

年月 大会 順位 記録 備考
1997年1月 大阪国際女子マラソン 7位 2時間31分32秒 初マラソン
1998年3月 名古屋国際女子マラソン 優勝 2時間25分48秒 日本最高記録(当時)
1998年12月 バンコク・アジア大会 優勝 2時間21分47秒 アジア最高記録(世界歴代5位・当時)・大会最高記録
1999年8月 世界陸上競技選手権セビリア大会 DNS 記録なし 脚部故障により欠場
2000年3月 名古屋国際女子マラソン 優勝 2時間22分19秒 大会記録
2000年9月 シドニーオリンピック 優勝 2時間23分14秒 金メダル獲得・五輪最高記録(当時)
2001年9月 ベルリンマラソン 優勝 2時間19分46秒 世界最高記録(当時)
2002年9月 ベルリンマラソン 優勝 2時間21分49秒 マラソン6連覇(欠場除く)
2003年11月 東京国際女子マラソン 2位 2時間27分21秒
2005年11月 東京国際女子マラソン 優勝 2時間24分39秒
2006年11月 東京国際女子マラソン 3位 2時間31分22秒
2008年3月 名古屋国際女子マラソン 27位 2時間44分18秒 公式上現役最後のレース

関連記事はこちら→日本女子マラソン記録!!歴代トップ30ランナーを振り返ってみよう!!

因みにDNS は Did Not Startの略で、スタート前に棄権した場合に使います。

つまり1998年の8月世界陸上競技選手権セビリア大会は全く走っていない事になります。

これに対して、DNFというのはスタートはしたものの途中棄権したときに使います。

 

ご覧の通りめっちゃ勝ちまくっていますよね、11戦に出場して優勝7回ですよ。

当時の強さが分かりますよね。

 

オリンピック最高記録で優勝した時の高橋尚子さん

特に印象的なのがやはりシドニーオリンピックでの金メダル獲得でしょう。

あの金メダルを噛んでいる姿が忘れられません。

出典:http://stat.ameba.jp/

ではオリンピック最高記録で優勝した時のを振り返ってみたいと思います。

2000年9月24日に開催されたシドニーオリンピック女子マラソン、レースが動いたのは18キロ時点。

早めのスパートをかけた高橋尚子選手が、先頭集団から抜け出します。27キロ過ぎからは、ルーマニア代表のリディア・シモンと激しいデッドヒートを展開します。

35キロ地点からはサングラスを沿道に投げ捨てた高橋尚子選手がさらにギアチェンジ、怒涛の追い上げを見せるシモンを振り切り、見事に2時間23分14秒の五輪新記録(当時)で優勝を果たしました。

ゴール後のインタビューでは「すごく楽しい42キロでした!!」と42.195kmを走ってきたばかりの選手とは思えないような爽やかな笑顔でコメントしていました。

この時のサングラスを投げるシーンが特に有名ですよね。

なのでこちらの動画を見てください。

このサングラスを投げ捨ててからのギアチェンジがシビレます!!

では次に、どうしてこんなに高橋尚子さんが強い選手になったのか、その練習についてお話していきます。

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高橋尚子さんの現役時代のトレーニング

高橋尚子さんのトレーニングはその練習量の多さが有名です。

最近の通常実業団ランナーは月間走行距離は1000km以上と言われていますが、高橋尚子さんの現役時代は月間1200~1300km以上だったようです。

1日単位で考えると、40km~80kmは走っていたようです。

 

40km毎日走って、月に1200kmですよね~、凄い走り込みですね。

またシドニーオリンピック直前にはアメリカ・ボルダーで超高地3500m地点でのトレーニングを行なっています。

しかもこのようなトレーニングをキツイとか嫌だとか思ったことは無かったそうです。

 

このような超ハードなトレーニングの成果がシドニーオリンピックで実を結んだんでしょうね!

因みに練習量が極端に少ないことで有名な川内優輝選手の月間走行距離は500km程度だそうです。

 

高橋尚子さんがフルマラソンの走り方を指導!

フルマラソンの走り方についての記事は以下をご覧下さい。

「上り下りを同じような走りをしないように」と高橋さん。同じように走ると筋肉の同じ場所をずっと使うことになり、そこだけが疲れてしまう。

「そうすると後半にパタッと動かなくなりますから、上りの走りと下りの走り、オンとオフをしっかり使い分けていくことで体にエネルギーを蓄えていきます。解説とかではよく『前半は温存するんですよ』と言います。後半に爆発した力がだせるように温存。温存って何だと思っているかもしれませんが、走り方で温存することができる」

スタートして7kmを過ぎるころになると、リズムがつかみやすくなってくる。そこで調子に乗ってはいけないそうだ。

「7kmぐらいになると体が暖まってくるので、『今日イケるなあ…何か調子がイイぞ?』とみんな思うんです。これを私は『悪魔の誘惑』と言ってます。悪魔の誘惑には乗らないでください。その悪魔の誘惑に乗って次に感じるのは、20km。足が動かない…。動かなくなったら(残りの)20km大変ですからね」

いけそうだなと思っても7~10kmぐらいは抑えて走るようにすすめる高橋さん。また、苦しい上り坂については”意識が大切”と言及する。

「上りになると目線が上がる。そうすると顔が上がって、アゴも上がる。上半身は少し後傾になる。後傾になってしまった一歩、苦しい時、坂ほど、アゴをしめて目線を下げて、頭を前にだす」

意識することで足の歩幅が変わってくるという。

「アゴを上げて目線を上にしてだす一歩と、アゴをしめて目線を落として頭を前にだす一歩。この一歩は、飛ばなくても、跳ねなくても、蹴らなくても、体を支えるために足が必ずでる。この一歩があれば42kmをすごくラクに走れる」

「上りの時は下を向いて、アゴを引いて、目線を下げて、腕をしっかり振って走ってください。そうすればそこで5人抜けます!そして下を向いていれば、見えているのは地面だけです。坂は気のせい、坂は気のせい…。思い込みが大切ですからね、坂は気のせいだと思って走ってください(笑)」

坂を上り切った後は、上りの勢いと下りにつなげることが大切だ。

「上り切った時みんなホッとする。ホッとしないでください。上り切っても、下って最初の100mはまだ上っているつもりで頑張ってください。その勢いでまた5人抜けます」

高橋さんを指導した小出義雄監督は、「高橋、上り全力でいけ!そのまま100m全力でいけ!下っても全力でいけ!」と常に全力を要求したそうだ。

「いつ全力じゃなくなるんだと期待しているんですけど、小出監督は全力じゃなくなることがありません(笑)。でも私は小出監督よりも優しいですから、皆さんに上り切った後の100mだけ頑張るようにお伝えします」

そんな優しい高橋さんは、上りでは「小猿」をイメージしてほしいと話す。

「私は小猿、私は小猿。小猿をイメージしてください。山の中を木々を飛び跳ねていくような小猿です」

辛い上り坂も小猿になった気分で走れば、足取りはいつもより軽くなりそうだ。

引用:http://s.cyclestyle.net/

 

野口みずきさんの最終レース時のエピソード

出典:http://cdn.mainichi.jp/

2016年3月13日、名古屋ウィメンズマラソン(リオデジャネイロオリンピック女子マラソン選考会)ではゲスト解説者として担当。2時間33分台の23位でやっと完走した野口みずきと対面し、高橋は涙声で「よく最後まで行ったね」と称えながら抱擁。その直後野口から「私高橋さんに言いたい事が有るんです。今迄選手の時は言えなかったんですけど、私ずっと高橋さんが憧れの存在でした。(アテネ)オリンピックで金メダル獲れたのも、(ベルリン)マラソンで日本記録出せたのも、全て高橋さんのお陰です…」と泣きながら打ち明けられたという。それから1か月後の同年4月15日、現役引退を発表した野口みずきに対して高橋は「引退お疲れ様でした。常に全力で走り続ける姿は、多くの人達に刺激や感動を与えてくれました。長い間マラソン界を率いてくれて有難う。みずきちゃんの今後の人生も金メダル同様輝く事を願っています」とエールを贈っていた。

引用:https://ja.wikipedia.org/

このエピソード良いですよね~。

やはりこの事からも高橋尚子さんが日本女子マラソン会のレジェンドであることが分かりますよね。

 

まとめ

高橋尚子さんはフルマラソンに11回出場して7回優勝している。

シドニーオリンピックでは日本陸上競技はつの金メダル獲得。

国民栄誉賞を受賞している。

2001年のベルリンマラソンで世界最高記録をマークした。

現在はスポーツキャスターや、解説者、ランニングスクールの講師などをしている。

やはり日本女子マラソン会のレジェンドだった。

今回は以上になります。最後まで読んでいただき有り難うございます。

関連記事はこちら→野口みずきの現在は!?過去の記録はやっぱり凄い!結婚して上海に住んでるって本当!?

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