ケンブリッジ飛鳥がプロ転向!!気になるスポンサーはどこ!?

出典:

こんにちは~!タケボーヤです。

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リオデジャネイロオリンピック男子400mリレーでアンカーを努め、日本に銀メダルをもたらした一人、ケンブリッジ飛鳥選手なんですが、2016年12月14日に所属していたドームを退社しプロ選手として活動するとのことです。

最近では2016年12月1日に体操の内村航平選手もプロ転向を表明しましたね。

今回はケンブリッジ飛鳥選手のプロ転向のメリットや今後のスポンサーについて調べてみました。

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ケンブリッジ飛鳥選手のプロフィール

名前:ケンブリッジ飛鳥アントニオ(けんぶりっじあすかあんとにお)
生年月日: 1993年5月31日
年齢:23歳
国籍:日本
出身地:ジャマイカ
身長:180センチ
体重:76キロ
出身中学:江東区立深川第三中学校
出身高校:東京高等学校
出身大学:日本大学文理学部
所属:ドーム(2016年12月4日よりプロへ転向)

 

 

ケンブリッジ飛鳥選手のプロ転向のメリットは?

野球選手などを除いて、スポーツ選手の多くは学校卒業後に企業や団体に就職し、給与をもらいながら競技を続けるのが普通です。

プロ選手とは自らスポンサーを獲得して競技生活をおくるということになります。

最近では、体操の内村航平選手がプロに転向しています。

 

また過去には水泳の北島康介選手がプロスイマーとなっています。

陸上会ではマラソンの高橋尚子さんや有森裕子さん、400mハードルの為末大さん、ハンマー投げの室伏広治さんなどがいます。

プロ転向のメリットは、競技そのもので稼ぐお金のほかに、個人の意思で複数の企業とプロ契約を結び、スポンサー料を得ることが出来ます。

 

また、コマーシャルへの出演、雑誌などの取材、テレビなどの出演なども自由に行えます。

逆に体調管理が上手く行かず、良い成績を残せなっかた場合はスポンサーから見放されることなども起こりうるのです。

 

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ケンブリッジ飛鳥選手のプロ転向時のコメント

ケンブリッジ飛鳥選手のコメントについては以下をご覧ください。

 

リオデジャネイロ五輪銀メダルの陸上男子400メートルリレーでアンカーを務めたケンブリッジ飛鳥(23)が14日、社員として所属していたドームを同日付で退社し、プロに転向したと発表した。今後は日本の陸上選手ではまだ少ないプロ選手として、スポンサーを募って活動していく。

ケンブリッジはドームのホームページ上で、「私がプロの陸上選手として活動していくことにご理解をいただき、深く感謝しております」と同社への感謝を記し、「世界で戦えるトップアスリートとなり、2020年東京五輪の個人種目でのメダル獲得を目指して、新たな環境で挑戦していくことを決意いたしました」とのコメントを発表した。

大会出場などは、米国を拠点に業務を行うアイルランド人、レイ・フリン氏(59)と代理人契約を結び、メディアへの出演などは国内のマネジメント会社「ユニバーサルスポーツマーケティング」と専属契約した。現時点で、新たな所属先は未定で「各所との協議になるため、決まり次第、ご案内させていただきます」という。

引用:http://www.asahi.com/

 

ケンブリッジ飛鳥選手のプロ転向の進行具合は?

現在の状況については以下をご覧ください。

 

陸上競技に関しては米国在住のレイ・フリンが代表を務める「Flynn Sports Management(フリン・スポーツマネジメント)」と代理人契約を 、荒川静香や高橋大輔などフィギュアスケート選手を多く擁する「ユニバーサルスポーツマーケティング」とマネジメント契約を結んだ。

世界に挑戦する上で欠かせないパートナーを得たケンブリッジは「両社とも陸上選手としてのキャリアを一番に考えてくれると感じました」と話す。

フリンマネジメントの代表を務めるレイ・フリンは1500mのアイルランド記録保持者で、現在は女子1万mの米国記録保持者やリオ五輪男子走高跳金メダリストなど様々な種目の選手を抱えるほか、米国内で室内試合のレースディレクターなども行う。

「ケンブリッジ選手は世界でトップレベルになれる将来性があると感じています。世界に羽ばたいていく手助けをしていきたい」と支援を約束する。

引用:http://number.bunshun.jp/

 

代理人が決まったことと、マネジメント契約を結んだというのが現状で、まだスポンサーは決まっていないようです。

このたびスポンサー契約先が判明いたしましたので、ご報告させて頂きます。

ナイキとのパートナー契約を交わしたそうです。

以下が関連記事になります。

 向き合い続けてきた壁は、あと少しで超えられそうで、そう簡単には超えられない。

100メートルを走る。10秒を切って走る。その単純明快にしてとてつもなく大きな壁を超えることは、日本陸上男子短距離界における悲願のゴールであり、本当の意味で“世界”に挑むためのスタートでもある。

ケンブリッジ飛鳥は、そんなゴールとスタートを同時に切る最も有力な候補の一人だ。

4×100メートルリレーの銀メダリストとなり、一躍脚光を浴びたリオデジャネイロ五輪から半年。“大国”ジャマイカに生まれて大阪で育った23歳は、昨年末、自身のプロ化を宣言し、ナイキとのパートナー契約を発表した。

照れくさそうに笑う姿はその生い立ちに似合わずシャイで謙虚な性格を物語るが、声は小さくても、じっくりと考えて発する言葉には独特のパワーとリアリティがある。彼の頭の中では、壁を超えるイメージが夜ごと膨れ上がっている。

「ボルトに勝ったら、金メダルだ!」と思った。

 ――まずは、昨年のリオデジャネイロ五輪について聞かせてください。100メートルは準決勝敗退。4×100メートルリレーは銀メダルという素晴らしい成績でした。

「本当に、すごい経験をさせてもらったと思います。アンカーを務めさせてもらったリレーに関しては、チームメイトが本当に最高の走りをしてくれたので、早く走りたくて仕方がなくて。その気持ちが強すぎて、スタートを早く切り過ぎてしまうことが心配でした。ホントに『早く早く! 』という感じで、気持ちを抑えるのがやっとでした。アンカーって、どうしてもそういう感情になってしまうんです」

――あのレースのこと、今でもはっきりと覚えています?

「はい。バトンを受け取った瞬間はウサイン・ボルト選手とほぼ横並びで……」

――どんなことが頭をよぎりました?

「『勝ったら金メダルだ! 』と」

――「メダルを逃したらどうしよう」ではなく?

「そうですね(笑)。でも、走り始めれば何かを考える余裕はないので、そう思えたのはバトンをもらう瞬間だけです。結果的には圧倒的な差で負けてしまったので、やっぱり悔しかった……。走っている最中にボルトと接触してしまったし」

僕の場合、ピークを合わせるという感覚は全くない。

 ――それだけギリギリの戦いだったということですよね。

「もう少し速く走れた気がするんです。だから悔しい……。でも、改めて考えると、オリンピックの舞台で、一瞬でも金メダルを意識できたこと自体、本当にすごいことだと思うんです。リレーの決勝で、アンカーで、バトンをもらった瞬間、すぐ隣にボルト選手がいる。前には誰もいない」

――聞いているだけで鳥肌が(笑)。

「いやあ、本当に。今振り返っても、すごい経験をさせてもらったと思います」

――それにしても、100メートルはわずか10秒の一発勝負。その瞬間にコンディションのピークを合わせる作業は、本当に難しいのではないかと思うのですが。

「他の選手のことは分からないんですが、僕の場合、ピークを合わせるという感覚は全くありません。というより、レースの当日に不安に感じたり、『調子が悪いな』と思ったことがほとんどなくて」

僕、走る時だけはなぜか緊張しないんですよ。

 ――それって、舞台に関係なく? さすがに、オリンピックの舞台ともなれば少し違うのでは?

「あ……」

――どうしました?

「僕、全く緊張しないんですよ」

――全く?

「ゼロです。実は、今までも大会で緊張したことがなくて。高校のインターハイ、大学のインカレ、日本選手権、五輪もそうなんですけど」

――それって、アスリートとしては大きな強みですよね?

「そう思います」

――ちなみに、例えば「明日300人の前で講演を」と頼まれたら?

「それはダメです(笑)。そういうのは全く別モノで、なぜか走る時だけは緊張しないんです。気持ちは高ぶっているんですけど、楽しさが勝るのか、『ダメだったらどうしよう』と考えたことがなくて。だから、試合のほうがなぜかラクなんですよ」

“9秒台”が“9秒7台”の相手になった五輪準決勝。

 ――今、短距離選手としての“自分の可能性”についてどう感じていますか?

「そうですね……。自分より速い選手と一緒に走って経験を積めば、もっと速くなれるのではないかと思っています。僕にとってリオ五輪は、9秒台の選手と一緒に走る初めての経験でした。予選はそれこそ何も気にすることなく走ることができて、しかもいいタイムで、2着で突破することができた。でも、準決勝では隣のレーンにジャスティン・ガトリン選手がいて、“9秒台”からいきなり“9秒7台”の選手と一緒に走ることになって」

――つまり、一気に世界のトップレベルを体感した。

「はい。ガトリン選手が前半に強いということもあるんですが、思っていた以上に離されてしまったことで自分の形が少し崩れてしまいました。それは経験の足りなさからくるミスだと思うので、そういうレースに慣れて自分の走りに徹することができれば、もう少しいい状態で戦えるのではないかなと」

――結果は7着で10秒17。1着でフィニッシュしたガトリン選手は9秒94というタイムでした。

「正直、今でもあの準決勝をやり直したいと思っているんです。自分の感覚としては、もっと遅いタイムになると思っていました。たぶん、10秒3くらい。その感覚であれだけのタイムが出たので、速い選手と一緒に走ることで自分のイメージや感覚を変えられると感じました」

世界のトップは、“2本の足”だけで戦っている。

 ――今回、プロになることを決断した理由は、そういう思いとも関係していますか?

「そうですね。プロになりたいという思いは、大学生の頃から持っていました。リオ五輪で感じたのは、トップレベルの選手はほとんどがプロとして陸上をやっているということ。実業団に所属している僕らは、もし陸上がダメでも、ある程度は保障されていることが多いと聞きます。そういうところもトップ選手との差に表れてしまうのではないかなと思ったので、まずは同じ舞台に立ちたい、勝負したいという思いが強くなって」

――結果に対する考え方が、実業団所属の選手とプロ選手では少し異なる。

「もちろん、実業団に所属していても結果は求められます。でも、プロとはそのレベルが少し違う。簡単に言えば深刻な状態で生活が懸かっていますし、世界のトップは、大袈裟ではなく“2本の足”だけで戦っている。その差はあると思いました」

北京五輪でのボルトを見て、「ああなりたい!」

 ――ところで、そもそも“世界”を意識し始めたのはいつ頃ですか?

「本格的に陸上で勝負したいと思ったきっかけは、中学生の時に見た北京五輪でした。100メートル決勝のボルト選手の走りを見て、『いつかああなりたい! 』と思ったんです。あの時、ちょうど中学生の全国大会があって、確か200メートルで予選落ちをして、他のメンバーと一緒に100メートル決勝を見ていました。予選落ちした僕と比べて、世界のトップレベル、オリンピック決勝という舞台で、あれだけ余裕を持ってゴールするボルト選手のことが本当にすごいなと」

――ボルト選手への憧れが、陸上に対する考え方を変えた。

「変わりましたね。それから毎日、寝る前に自分が五輪で走っているところを想像するようになって……。今もそうなんですけど、毎日、毎晩、寝る前に必ずイメージするんですよ。そのイメージが頭の中から消えたことは1度もありません。僕の場合、そうやって毎日『こうなりたい! 』と強くイメージしてきたことが良かったのではないかと思います。根拠はないのに、『自分はできる』と信じ切っていたというか」

イメージトレーニングで、ボルト選手に……。

 ――なるほど。

「あの……」

――はい。

「恥ずかしくて言いにくいんですけど、寝る前のイメージトレーニングでは、ボルト選手に勝ってしまうこともあって(笑)」

――すごい(笑)。

「で、『よっしゃ! 今日は俺が勝った! 』と勝手にイメージを膨らませています。遊びみたいな感覚で、すごくしょうもない話で恥ずかしいんですけど」

誰よりも競技を楽しめているという感覚がある。

 ――そういう意味では、競技に対するメンタリティーやその頃から始めたイメージトレーニングは、ボルトに憧れた15歳の頃と全く変わらない。

「そうですね。ほとんど変わってないと思います」

――ちなみに、これまで自信過剰になったり、天狗になってしまった経験は?

「僕はまだ何もしていませんから。昨年の日本選手権で優勝するまでは、各世代でタイトルを獲ったこともほぼありませんでした。学生の頃から遅くはなかったけれど、ずっと1番だったかというと決してそうじゃない。だから、今も変わらず陸上を始めた頃と同じくらい競技を楽しめていますし、単純に走ることが好きです」

――そういうところに、大舞台でも緊張しない心の強さがあるのかもしれませんね。

「そうかもしれません。『どうして緊張しないの? 』とよく聞かれますが、『そういう性格なんだろうな』と思うくらいで、自分ではよく分かりませんでした。僕の場合、レースに対する不安より、走ることが楽しいという感覚が勝っているんだと思います。自分の中では、誰よりも競技を楽しめているという感覚は持っています」

9秒台を出して初めてスタートラインに立てる。

 ――プロになるにあたって、100メートル9秒台への意気込みも一層強くなるのではないかと思います。

「やはり、意識はしています。9秒台を出さないと世界では戦えないし、出さないと何も始まらない。むしろ9秒台を出して初めてスタートラインに立てるということだと思っています。だから、1回出しただけでは意味がないんです」

――9秒台で安定させるくらいじゃないと、本当の意味では世界と戦えない。

「そう思います」

自分の得意な“中盤から後半”をもっと伸ばす。

 ――結果的にタイムを縮めるために埋めなければならない“世界との差”は、どんなところにあると感じていますか?

「レースの中盤にあると思います。僕は後半を得意としていて、確かに、国内で見れば後半の力はそれなりにある。けれど、世界で見れば、後半に特別な強さを持っているわけではありません。これまでは課題であるスタートを改善するためのトレーニングを積んできたんですが、少し考え方が変わってきたところがあって」

――どのように?

「むしろ中盤から後半にかけて、自分の得意な部分をもっと伸ばすことができれば、世界と勝負できる可能性はあるのかなと」

――苦手を克服するより、得意を伸ばす。

「はい。もうちょっと身体を大きくしてパワーをつければ、中盤からの加速力もついてくるのかなと思います」

今年の目標は9秒台、世界陸上の決勝。そして……。

 ――可能性を感じることができれば、設定する目標や夢も変わってくるのでは?

「そうですね。今年の目標は9秒台を出すこと。それから、世界陸上のファイナルに残ることです。その次の夢は、五輪で、今度は個人種目でメダル争いができるようになりたい」

――東京五輪での、個人種目のメダル。

「もちろん今の実力では、まだまだダメです。ただ、ずっとオリンピックに出場することを目標としてきたのですが、それを経験した今、次のオリンピックの目標が『ファイナル進出』ではちょっと小さいかなと。だから、次はメダル争いができる選手になりたい。100メートルと200メートル、個人種目でメダルを狙えるような選手に」

――寝る前のイメージトレーニングも、一層盛り上がりそうですね。

「実は最近、イメージする舞台が“五輪の予選”から“五輪のファイナル”に変わっているんです。もちろん僕が勝ちます。イメージの中では(笑)」

引用:http://zasshi.news.yahoo.co.jp/

 

関連記事はこちら→ケンブリッジ飛鳥の筋肉が凄い!!父親はジャマイカ人って知ってた!?

 

まとめ

プロ転向することで、成績が上がれば上がるほど収入が増える。

代理人が「Flynn Sports Management(フリン・スポーツマネジメント)」に決定。

専属マネジメント契約を「ユニバーサルスポーツマーケティング」と結んだ。

現在のスポンサーはナイキ。

今回は以上になります。最後まで読んでいただきありがとうございます。

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